<二人>  

  

「本気なのか……」

 宴もとうに終わった真夜中、丑の刻。私は小さな包みを持ち、部屋の前にいた人影に小さく声をかけ

た。細い月の光では、人影がどんな表情をしているのかまでは見ることができない。

「文は、読んでいただけましたよね」

「読んだ」

 今も懐に入れてある文に触れ、私は呟く。退屈な宴席が終わったあと、私は乃部からの文を読んだ。

几帳面で崩されていない文字で書かれた文は短く、そして私を驚かせた。そこにあった言葉は、『今宵

丑の刻に、貴女を攫いに参ります』。

「貴女が他の男の妻になるなんて、私には耐えられないのです。約束どおり、攫いに参りました」

 乃部はそう言うと、私に手を伸ばした。強引に私の手を掴むでもなく、ただ目の前に差し出された乃

部の大きな手。私は震える指先を伸ばし、その手を取る。その刹那、私の体は乃部にきつく抱きしめら

れた。

「……攫って」

迷いはなかった。乃部とともに、二人で生きていく。それは私が幼い頃から、ずっと心に決めていたこ

とだ。

「では、参りましょう」

 乃部はそう言うと私の体を離し、私の手を取ったまま歩き出す。庭の隅には乃部の愛馬、葉散影が待

っていた。栗毛の美しい葉散影の身体を撫でてやると、甘えたように鼻先を摺り寄せてくる。

「急ぎましょう、見つかると面倒なことになる」

 そう言って乃部が私を急かした、その時だった。

「いたぞ、こっちだ!」

 そんな声とともに、刀を構えた男達が私と乃部を取り囲んだ。乃部は唇を噛み、次々と現れる男達を

睨みつけている。そして男達の中から、父上と館に泊まっていた和賀殿が姿を現した。

「主君の娘を攫うとは、いい度胸だ」

「由殿、今お助け申し上げます」

 既に抜き身の刀を構えている父上と和賀殿を無言で見詰めていた乃部は、意を決したように刀を抜い

た。その面差しはいつもの温和な乃部ではなく、鬼と見紛うほど恐ろしい顔だった。

「……私は、姫様とともにいきます。誰にも邪魔はさせません」

 きぃんという、刀同士がぶつかる音が闇夜に響く。切りつけようとした父上の刃と、それを受けた乃

部の刀が交わった。その音を聞いた私も、手に持っていた包みの中から匕首を取り出す。

「和賀殿。私はあなたの妻になることはできないようです。お許し下さい」

 匕首の刃先を向けた私を見て、和賀殿は大きく目を見開いた。よもや私から刃を向けられるとは、思

いもしなかったのだろう。

「由殿、何をされるおつもりで……」

「私は、乃部とともに二人でいくと決めたのです。邪魔はしないで」

 幼い頃からの鍛錬のお陰で、私も刀を振ることができる。乃部一人で戦わせはしない。ともに生きる

ために、私も戦う。二人のため、に。

「な、何をしているお前達。早くこいつを切り捨てろ!」

 乃部の気迫に負け押されていた父上は、兵たちを怒鳴りつける。だが怒鳴られても、誰もがその場か

ら動けずにいた。父上同様、乃部と私の気迫に負けているのだ。

「早くせんかぁぁぁ!」

 もう一度、天上の月までも届きそうな父上の怒声が響いたとき。ようやく数人の兵たちが、刀を構え

て駆け寄ってくる。それを見た他の兵達も、ばらばらと駆け寄ってきた。そして私と乃部を数にまかせ

て、追い詰めてくる。

「……姫様、お許し下さい」

 程なく何十人の兵たちが向ける刃に囲まれ、乃部は小さな声でそう呟いた。もはやどう足掻いてもこ

の中から逃れる術はないことぐらい、私にもわかっている。

「……許さぬ。私がお前を許すまで、私の傍で許しを請え。冥府でも、私の傍でな」

「わかりました。では謝罪は冥府でさせていただきましょう」

 父上と刃を交えたときの鬼のごとき形相ではなく、乃部は穏やかないつもの顔で微笑む。そして強い

力で、私をもう一度抱きしめた。私も乃部の広い背中に手を回し、鼓動を聞く。不思議なほど、心は凪

いでいた。恐れは何もなかった。

「うぉぉっ」

 私と乃部が抱き合うことが合図でもあったように、男達が手にした刀で私と乃部の体を貫いた。熱く

て冷たい痛みが何度も襲ってきて、辺りにはむせ返るような血の匂いが立ち込めた。乃部が私を抱く手

から力が抜け、私の手からも力が抜けていく。

「……ゆ、う……」

 薄れ行く意識の中、私の耳元で乃部の声がした。幼い頃と同じように、名を呼んでくれたのだ。それ

だけで、私は幸福だった。離れていく体を惜しむように私は最後の力で手を伸ばし、乃部の唇に接吻を

した。冥府にいっても、決して離れることはない。私たちは二人でいくことを決めたのだから。

 
 いつまでも、二人でともにあると―。




                                                              =終=